1964年(昭和39年)ダイヤ改正時刻表の復刻版

■ 1964年(昭和39年)ダイヤ改正時刻表の復刻版

九州新幹線開業記念で発売された、1964年(昭和39年)ダイヤ改正時刻表の復刻版を見て、当時のダイヤ(一例です、停車駅も列車も抜粋、ほぇ~と思うもの)を紹介します。
※この記事は2004年6月ごろから2005年6月ごろまで掲載していたものの再アップです。

列車名区間編成
特急おおぞら
(気動)
函館-旭川・釧路函館←[1②][2①][3食][4②][5②][6②][7②][8②][9①]
[10②][11②][12②]→旭川・釧路
函館4:55-札幌9:25-滝川で分割(-旭川11:28)-釧路15:28
全席指定です。1-7までは函館-釧路 8-12は函館-旭川です。根室本線を経由して釧路へ行きます。深川は停車しません。滝川-釧路間は帯広しか停車しません。食堂車がついてるよ!しかも滝川で分割して旭川と釧路に別れるなんてすごい。滝川~釧路間で帯広にしか停車しない(信号では停まったんだろうけど)というのもすごいぞ。
列車名区間編成
急行石狩
(気動)
函館-札幌函館←[1②][2①指自][3②食][4②][5②][6②][7②]→札幌
函館5:20-長万部7:33-苫小牧10:05-札幌11:28
先ず、「運転日はそのつど発表」に驚きました。そのつど発表ってどういうことなんだろう・・・食堂車つきです。
列車名区間編成
急行ライラック
(気動)
函館-札幌函館←[1②指][2①指自][3②指][4②]
[5②][6②][7②]→札幌
函館6:00-長万部7:48-小樽10:24-札幌10:58
ライラックはいまは札幌-旭川で私の足。以前は新千歳まで行っていたが。この頃は急行で小樽経由の札幌-函館運行。一日一往復で先発した急行石狩より先に札幌についたぞ!これは小樽経由なのでいわゆる「山線」ですね。こっちのほうが所要時間は短いんですね。
列車名区間編成
普通列車
(気動)
函館-旭川情報なし
函館6:23-長万部10:32-小樽14:48-札幌15:50-江別16:32-深川19:22-旭川20:22
すごい距離だ。途中駅での停車時間がそれぞれ長い。今なら即発車なのに。豊幌は普通列車でも通過している。旭川-深川1時間はかかりすぎですね。停車してから出発するまでに時間がかかるのはなんでだろう。ゆとりをもっていたのだろうか。
列車名区間編成
急行アカシヤ
(気動)
函館-札幌函館←[1②指][2②指][3①指自][4②][5②][6②]→札幌
函館8:00-長万部9:47-苫小牧11:51-札幌12:57
4時間57分かかっています。現在スーパー北斗は約3時間で札幌-函館を結ぶ。これが北斗の先祖??
列車名区間編成
特急おおとり
(気動)
函館-網走・釧路函館←[1②][2①][3食][4②][5②][6②][7②][8②][9①]
[10②][11②][12②]→釧路・網走
函館10:40–札幌15:15-滝川16:32-(釧路21:30)-旭川17:20-北見20:25-網走21:15
これまたすごい距離だ。1-7までは函館-釧路 8-12は函館-網走です。
列車が途中で二手に分かれる。逆に合流する場合、一方の列車が遅れた場合はどうなるんだろう。
本当に、函館が中心のダイヤなんですねぇ。北斗→オホーツクの区間ですな。
列車名区間編成
急行宗谷
(気動)
函館-稚内函館←[1②指][2②指][3②][4②][5指自①]
[6指②][7②][8②]→札幌
函館10:57-長万部12:57-小樽15:33-札幌16:05-旭川18:20-稚内22:43
1-3は函館-旭川 4-8は函館-稚内です。脅威の長距離急行だ。
旭川-稚内4:23 現在スーパー宗谷は3:40で結ぶ。
旭川-稚内はこの当時から40分くらい短縮されたんですね。
列車名区間編成
普通 (気動)
(但し通過駅あり)
函館-釧路情報なし・一等車を連結
函館23:20-長万部2:36-小樽6:41-札幌7:48-江別8:21-滝川10:44-富良野12:20-帯広15:27-
音別17:50-白糠18:09-西庶路18:16-庶路18:21-大楽毛18:33-新富士18:46-釧路18:50
深夜なので小樽までは快速のようなもの。小樽からほぼ全駅停車。
上りは釧路8:45-函館5:18
函館から釧路へ向かう普通列車。全区間乗車してみたいかも。お尻が痛くなる・・・
列車名区間編成
普通 (気動)
(但し通過駅あり)
小樽-釧路情報なし・2等寝台連結
小樽20:59-札幌22:14-江別22:49-滝川0:40-富良野2:27-帯広6:10-
音別8:35-白糠8:57-西庶路9:04-庶路9:14-大楽毛9:27-新富士9:36-釧路9:41
小樽からほぼ全駅停車している。
通過駅は光珠内、豊幌、滝里(今は無い)、布部、鹿越、
東鹿越、幾寅、狩勝、新内、羽帯、古瀬。
夜中に走る普通列車がこの当時は多いなぁ。
列車名区間編成
急行まりも
(気動)
函館-釧路函館←[荷][郵][1寝B][2②寝][3寝②][4寝②][5寝②]
[6寝②][7②][8②][9②][10②][11指②][12指自①]
[13指①][14食][15指②][16指②]→釧路
函館14:25-長万部16:39-小樽19:35-札幌20:16・20:40-江別21:05-滝川22:36-帯広3:27-釧路6:05
1-6は札幌-釧路 7-12は函館-札幌です。13-16は函館釧路。
函館から釧路に行く途中、札幌で座席6両と寝台6両の入れ替えをするということだ。

※関連情報
三浦裕士様より頂きました。
貴サイトにて、1/11にupされたS39,10の列車の編成ですが1,2等、自由、指定でなく車両形式による編成資料の提供が特急、急行、準急、普通列車共可能です。一部の列車(宗谷、たるまえなどなど)は当HPの主要客車列車編成表(サイト一番下の資料館にあります)にもUPしていますのでご覧になってみて下さい。

■この記事に対するコメント(掲示板・メールでお寄せいただいたものを転載しています)

昭和39年というと 投稿者:アクアのよっちゃん 投稿日:2006/01/11(Wed) 22:53 <HOME>
昭和39年というと 東京オリンピックでなく、TVアニメの”エイトマン”を思い出します。オリンピック中継で、放送が中止になったので、腹を立てていました。

昭和39年というと 投稿者:ぷっち – 2006/01/12(Thu) 00:08 No.1644
大変貴重な時刻表ですね!今じゃ聞かない急行の名前とかあったりして、面白かったです。楽しく見させていただきました。普通列車がすごすぎる・・・。函館~釧路って・・・まる1日がかりですね。当時は函館が起点というか始発になっていたことがよくわかります。

昭和39年というと たけ – 2006/01/12(Thu) 01:19 No.1645
アクアのよっちゃん様
オリンピック中継でアニメが中止になって腹立たしく思った経験は私にもあります。ソウルオリンピックだったと思いますが、パーマンが中止になってがっかりしました。時差がないところでやるオリンピックだとゴールデンタイムに放送が入るんですよね。今はオリンピック大好きなんですが、当時はそうでもなかったのでむしろ迷惑に思いました。
ぷっち様
普通列車はすごいですよね。この長距離を走るわけですから。気動車ってかいてあるけど引っ張るタイプなのかなぁ。その辺までは詳しくわかりませんが、寝台がついたりしているからきっと客車で長い編成だったのでしょうね。昭和ロマンという感じがします。連絡船を乗り継いで釧路や網走までいくということは今とは考えられないくらい遠い世界なのでしょうね。帰省するのも大変だ。

昭和39年というと ひろみ@関東人 – 2006/01/12(Thu) 19:46 No.1647<HOME>
今でこそ日本のプロ野球が大好きな私ですが、1984年以前は逆に大嫌いでした。それは好きな番組がテレビ中継により潰されるもしくは時間変更になるから。。。
かなり腹立たしかった思いをしたのをハッキリと覚えています。
これが仮に今なら、、、恐らく子供の私でも今のテレビ番組のほとんどがクダラナイ内容であることの判断は付くでしょうからそれほどの嫌悪感は抱かなかったでしょうね。それほどまでに現在の民間放送のテレビ番組はつまらないですし内容が軽すぎます。
※今、流行の最先端・インフルを入手しました!それもA型です(苦笑)。
皆様もお気をつけください(感染初日に別れた女から年賀状を受け取ったのが悪かったのか。。。

昭和39年というと 典宏 – 2006/01/12(Thu) 22:27 No.1648 このダイヤ大改正号を見ますと、準急がまだあった良き時代。江差線の「準急おくしり」や「ひやま」、夕張線の「準急第一夕張」、日高本線の「準急えりも」、標津線の「準急らうす」、池北線の「準急第一池北」、乗り鉄にはたまらないです。時刻表を見ながら、のんびりとした北海道旅行が出来る時代です。

昭和39年というと アクアのよっちゃん – 2006/01/12(Thu) 23:53 No.1649
このとき、九州に住んでいて、SLが走ってました。
SLは窓を開けたまま、トンネルに入ると、顔がすすだらけになったのを
覚えています。
九州から東京に行くときは、全部寝台特急でした。たぶん 富士と思いました。
寝台特急の食堂車で、朝食を食べたのを覚えています。良い時代でした。

昭和39年というと おっちゃん – 2006/01/13(Fri) 21:15 No.1652
昭和39年ですか。。。
自分が生まれる2年前
函館-釧路の普通列車というのはすごいですね
(多分のちの、函館-釧路間の急行ニセコですかね?)
小樽-釧路間の夜行はのちの「からまつ」でしょうね。
今から20年以上前、石勝線か開通した頃に函館-釧路間のおおぞらに乗ったことありますよ
札幌-千歳空港(南千歳)間を往復する全国的に珍しい列車だった記憶があります。
あの当時で片道9時間半位かかったような気がします。。。。。
メール投稿:starman様
私は今、静岡に住んでいますが、元々は北海道におりまして、実は同じ江別市内の大麻に 住んでおりました。小さい頃は、暇さえあれば、よく大麻駅へ向かい、国道へ渡る連絡橋 の上から、通過列車を眺めていたものです。その頃は石勝線は開通しておらず、件の『お おぞら』は勿論、『北海』『おおとり』など、道内の特急列車のほとんどを見ることがで き、駅を通過するたびに胸を躍らせたものです。 私は今34歳なのですが、その頃の記憶で言えば、当時の函館本線は、かなりの特急街道 でしたね。普通列車でも、札幌から歌志内や夕張への直通列車など、行き先もかなりのバ リエーションでした。そうそう、ここにある小樽ー釧路間の夜行列車は、確か『からまつ』という愛称がついていたはずです。寝台券の予約の際に愛称が必要だったのでしょう が、駅の時刻表の備考欄にある★マークを不思議な気分で見ていた記憶があります(ちな みに気動車ではなく、客車です)。当時は、この列車を大麻駅に見に行くと、この列車に 轢かれて死んだ人の幽霊が出るとの噂もありました。ホントかどうか知りませんが・・・ (笑)。 決して懐古主義というわけではないのですが、あの頃の鉄道は、今のように電車オンリー ではなく、気動車、客車もたくさん走っていたので、列車に乗るたびに『今日はどんな列 車かな?』とワクワクしたものです。今の人たちは、旧型客車の手動ドアや、停車した時 に、機関車が一瞬後ろへ下がって(縮んだ幌を伸ばすため)、乗ろうと足をかけた瞬間 に、足を踏み外すかもしれないという恐怖感を味わうことはないんだろうなあ・・・・と 一人馬鹿なことを考えてしまいます。子供の頃の記憶ですが、一瞬だけあの若き日々を思 い出すことができました。

コメント

  1. 夜行普通列車、懐かしいですね。

    昭和51年頃の話ですが、札幌ー厚別間を列車通勤していた主人が
    飲み会の帰り、夜行普通列車「からまつ」に乗車
    すっかり眠りこけ、気が付いたのが美唄駅お隣の光珠内でした。
    厚別に戻ってくるタクシー代も相当なものでしたが、
    目が覚めたのが翌日の終着駅「釧路」でなくて良かったと安堵したものです。

  2. たけ より:

    光珠内から厚別のタクシーって・・・相当な金額になりそうで怖いです。  私なら翌朝まで待って電車で引き返すかな。

    この時刻表の本、まだまだ紹介したいネタはあったのですが行方不明で。大事にしようと茶封筒に入れてしまったせいで、見つからなくなってしまいました。実家のどこかにあるはずなんだけど・・・(笑)

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  1. 夜行普通列車、懐かしいですね。

    昭和51年頃の話ですが、札幌ー厚別間を列車通勤していた主人が
    飲み会の帰り、夜行普通列車「からまつ」に乗車
    すっかり眠りこけ、気が付いたのが美唄駅お隣の光珠内でした。
    厚別に戻ってくるタクシー代も相当なものでしたが、
    目が覚めたのが翌日の終着駅「釧路」でなくて良かったと安堵したものです。

  2. たけ より:

    光珠内から厚別のタクシーって・・・相当な金額になりそうで怖いです。  私なら翌朝まで待って電車で引き返すかな。

    この時刻表の本、まだまだ紹介したいネタはあったのですが行方不明で。大事にしようと茶封筒に入れてしまったせいで、見つからなくなってしまいました。実家のどこかにあるはずなんだけど・・・(笑)